FC2ブログ

”霧(kiri)”

自分で楽しんだ登山の記録を思い出しながらもう一度楽しんで書いています。 このブログを見ていただいた人に山や自然に興味をもっていただき、そして好きになって頂ければとてもうれしいです。 更にコメントをいただけるとなおうれしいです。コメントは山行名をクリックすると一番下に投稿欄が出ます。
”霧(kiri)” TOP > その他 > 知覧・長崎・広島

知覧・長崎・広島

日程  :2015年6月15〜未定
場所  :九州と中国地方
交通機関:
メンバー:ucon
記録
以前から心のどこかにひっかっていた知覧の特攻隊員たちの遺書、長崎・広島の世界初の核による大量殺戮兵器使用の記憶、
そして日本唯一の住民を巻き込んだ地上戦の場所を訪れたかった。
沖縄は次回にして今回は上記3つの場所を訪れることにした。

15日
朝5:30に自宅(神奈川)を軽自動車で出発。ひたすら走って20:00に九州福岡のSAで車中泊。

16日 長崎原爆資料館
車の屋根をたたく雨音で目覚める。
今日は長崎の原爆資料館を訪れる。
長崎までの高速料金は13,100円だった。軽自動車と休日割引で安かった。
資料館に入場するときはなんだか緊張した。
一応礼儀なので汚れたTシャツを着替え、サンダルを靴(トレッキングシューズ)に替えて気持ちは正装で入場する。

P6162414.jpg
展示場入口の説明。フラッシュ禁止なので暗いがこの言葉の中に一瞬にして全てが消えた長崎の想いを感じた。
展示内容は思いのほか少なかった。それはそうだろう・・・一瞬にして全てを失ってしまい、なにも残っていないのだから。
そんな中でこの原爆使用を反対したアメリカの科学者や政治家、軍人たちがいたことにほんの少しだが救われる気がした。

P6162421.jpg
おなじみの平和の像。
中国の人たちが大勢訪れていた。
中国も原爆を持っている。この訪問を機会にそれを使うことのない状況に日本人と一緒に結び付けてほしい。

P6162447.jpg
島原から熊本に向かうフェリーから雲仙を望む。

17日
今日も雨。
九州の山友の人たちと親交を深める。
3年振りの再会で懐かしくも楽しく、すぐに旧知の状態に戻れた。
そのうちの一人の部屋に泊めてもらった。

18日 知覧特攻資料館
朝熊本を出てひたすら南下。
強い雨の中知覧に到着。
P6182457.jpg
知覧特攻隊資料館

P6182455.jpg
大勢の中学生が見学に訪れていた。

入場料 500円(大人一人)
中にはたくさんの出撃前の特攻隊員の顔写真とそれぞれに遺書が展示されていた。
遺書はほとんどお母さんに向けて書かれていた。それはそうだ!まだ17〜20歳前後のにわか仕立ての飛行士なのだから。
何とも痛ましいがチョット目を転じてみれば70年過ぎた今でも世界では特攻が行われている。
イラクやシリアなど中東の国々では少女までもが服の下に爆弾を巻いて、人の集まるところで自爆している。
これを自爆テロと犯罪のように名付けているがそれでいいのだろうか?
かたや地球の裏から無線で無人機を操縦して攻撃する若者もいる。
もう一つ気になった写真があった。
出撃する特攻機を50代と思しき人たちが敬礼しながら見送っている。
ふとこれでいいのか?むしろ逆ではないのかと思いながら、今まさに日本でこれと同じ意味の状況があるのでは
ないか?
後方支援といえどもそこは戦場にかわりない。若い自衛隊員を送り出すおじさん、今はそんな構図だ。
ではどうする・・・・・答えは見つからない。これは国民一人一人が全員が考えて結論を出すしかないように思う。
国会のおじさん、おばさんだけでなく実際に戦場に行く若者たちもいれて、その意見をしっかり聞き、討論して
全員で決めるしかないように思う。結果は良くても悪くても全員で受け止めるのだから。
幸い選挙権が18歳以上に決まった。若い仲間はまずこの問題から取り組んでほしい。
自分の命に関わることだから。
集められた膨大な遺書を読めなかったので以下の本を購入してじっくり読んでみたいと思う。けど字が小さくて読めない。
P6182458.jpg

今回はなんだか山から遠ざかってしまったようにおもいます。
今日は霧島道の駅で車中泊して、明日は霧島連山の韓国岳に登ります。晴れたらだけど。

19日 韓国岳
今回はじめての登山。
霧島連山は新燃岳の噴火のほとんどの峰が立ち入り禁止区域になっている。
その中で一番北方の大波池山と韓国岳がかろうじて登れる状態だ。
天気予報は曇りで降水率は20%なので出かけたが見事に裏切られて霧雨から始まって本降りになってしまった。
それでも豪雨にならなかったのでまあまあとしなければ梅雨真っ最中では叱られる。
雨の中標高1700mの韓国岳山頂でわずかに咲き残っていたミヤマキリシマが感動的だった。
P6192506.jpg

でも下山でよく整備された登山道で滑って転んで右足の腿の外側をしこたま石に打ちつけてしまった。
大きく打ち身のタンコブができ、今は痛くないが左向きに寝る癖があるのでこれから苦しむのかもしれない。
参考記録は後で書きます。

明日はこちらの友人と日向神でクライミングです。

20日 日向神
熊本の山友と日向神の岩場に出かけた。
しかし連日の雨で岩場の滲み出しが多く、また岩肌もシットリ濡れているので潔く諦めた。
P6202542.jpg
日向神湖と岩山

明日は押戸石の丘という阿蘇外輪山の草原のド真ん中でのんびりしよう。

21日 押戸ノ石の丘
P6212623.jpg
阿蘇外輪山の大草原
これは赤牛の牧草地で毎年人が木を刈り取り山焼きをして維持しているとのこと。

P6212578.jpg
丘の上にある押戸ノ石
鬼がお手玉にして遊んだとか、縄文人の聖地と言われている。

P6212609.jpg
規則的に並んだ石。   人が並べたのか自然が並べたのか?

P6212606.jpg
その石の一つにツツジが一株だけ咲いていた。ビッシリと花を付けたこのツツジはなんというのだろう。
ミヤマキリシマはもっと小さく、もう時期が遅い。

九州の旅もそろそろ終わりだが・・・・さて・・・・これからどうしようか?
広島に向かおうか?

22日 広島原爆ドーム
P6222650.jpg
平和記念公園からドームを遠望

P6222634.jpg
原爆ドーム

長崎には負のモニュメントは無かった。これは全ての建物など構造物が押しつぶされ焼かれてしまったためである。
広島は元広島県物産品展示館のほぼ真上の600mで爆発したため、上からの圧力に石作りの壁が残ったため
残骸が残った・・・と説明されていた。
大規模な災害の後、記念碑として残骸を保存し後世への戒めや教訓とするか、それを目にするたびに悲惨な情景を
思い浮かべてしまう被災者の心情を想い片つけるかが話題になる。
でも広島の人たちは勇気を出してこのドームを残してくれた。被災した人やその家族はつらい気持ちに耐えて残して
くれた。私はその勇気と苦痛に耐えた気持ちに感謝したいと思う。
今日もたくさんの外国人が訪れていた。広島以外の日本人はもとより、外国の人にも核爆弾の恐ろしさを伝えるた
めにこの上なく役立っていると思います。
もう一度・・・・よくぞ残していただけました・・・・

資料館の展示物はやはりすくなかった。展示するものがない・・・それこそが原爆の恐ろしさを伝えているような気が
した。
広島と長崎の原爆は材料も起爆の仕組みも違う。違う種類の原爆と言っても過言ではない。
この時点でこの2発しかなかったようだし、どうして日を置かず二つとも投下したのか?
いろいろな理由はあるだろうがやはり”実験”という言葉が頭を占める。
そのあとの数多くの核実験でも核保有国は自国民に多くの被爆者を出している。
核物質の採掘でもアメリカやドイツ他で多くの人が被ばくしている。
そして作ってしまった核物質はどうすればいいのか? 

そこまでして必要なものなのか? 
多分、人間の性なのかもしれない・・・・と諦めてはいけない!

このブログは登山関係の記録の筈がこんな話題でごめんなさい。

今、ここは舞鶴です。
明日は舞鶴の引き上げ記念館を訪問します。

23日 舞鶴引上げ記念館
記念館に行ったら・・・あらら。。工事中!
工事車両の交通整理をしていたお姉さんに聞くと「今は改装中で展示品は赤レンガ記念館で公開しています」
とのこと。
赤レンガ記念館の場所を聞くと「まっすぐ行って曲がって曲がって突き当ったら・・・」とパンフレットを見せて
説明してくれました。
ナビに「あかれんが・・・」と入れようとしていると、お姉さんが「ナビで出てくるけど今私が説明した通りに
行けば良いのです!!たいして難しい道じゃないのだから!!」と叱られてしまいました。
ナビは諦めてとにかくお姉さんから離れるために出発。
パンフレットの地図を見ながらなんとかたどり着きました。

さて展示品は・・・ここも少なかった。内容も知っている範囲内。
もっと衝撃を受けるかと思っていたのですが。
実際通り一遍の展示のような印象を受けました。
満州やシベリアからの引き上げは並大抵のことではないと思います。
負け戦での撤退が一番難しく悲惨だと聞いていました。
例えは適当ではないけど 明智光秀やその家来達のような武装した集団でさへ落ち延びる途中の
竹やぶでその土地の農民?に襲われ惨殺されて身ぐるみ剥がれているのです。
また織田信長が本能寺で死に、それを知った家康も伊勢・伊賀・甲賀を命からがら逃げたのです。
ましてや満州からイキナリ攻め込んできたソ連兵や中国人たちの中を女子供だけで逃げきたのです。
略奪暴行の生き地獄だったと思います。多分殺戮も!
ある時、宝田明さんがテレビの対談で自分の家族の経験を語っていました。
そういう悲惨さは被害者の心情を思えば公にはできません。
でも戦争と言うものはそういうものであることも確かで、それを理解した上で今後を全員で考えなければ
いけないと思う旅でした。
今回は被害を受けた側からの検分でした。出来得るならば加害の側からの検分もしたいと思います。
両側から見ないと片手落ちの判断になるから。

沖縄も行きたいです。

END
関連記事
[ 2015/06/17 08:34 ] その他 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック:
この記事のトラックバック URL

プロフィール

ucon

Author:ucon
団塊世代前の自称”昔の山男”です。仕事に追いまくられている間は山どころではなかったけど、定年を機に青春を懐かしんでまた登り始めました。これからドンドン友達を増やして、青春を取り戻そうと目論んでいます。・・が、2年前に変人(片腎(腎臓を1コ切除))になってしまいましたので、ガンガンは無理だよな~~・・分かってはいるけど・・おまけに性格も悪いしな~
PCアドレス
ucon3@mg.scn-net.ne.jp
携帯アドレス
ucon-no-higuma@ezweb.ne.jp

ようこそ”霧(kiri)”へ
ご訪問いただいた回数
また来てください。